《節分》

節分は旧暦だと12月の大晦日。立春(新春)の前日にあたります。
豆を打って邪気を祓い、新しい一年を迎えるとされた行事が豆まきの由来だそうです。
玄関先には柊を飾って厄払いとしますが、この柊の葉は固くぎざぎざとして
花活けの際にも指をチクりと刺しますので、なるほど鬼が嫌うというのも納得します。
東京では一昨日に初積雪をみましたけれど、
立春を過ぎれば徐々に気温も上がって春めき、又それが待ち遠しくもありますね。
昨年の立春、生命の息吹と共に一瞬にして春を広げみせてくれた蘭の小花が
今年は一足先に目を醒ましていました。

真冬の日照も弱く気温の低い朝に突然、
雪洞のような暖かさに包まれた光りの中で静々と微笑むように花開き、
今年も嬉しい驚きと生命のメッセージを私に届けてくれたのです。
ところで、豆まき用として販売されている大豆が
年々美味になっていくように思っているのは食いしん坊の私だけでしょうか…
六周年 感謝の想いを込めて…
おかげ様をもちまして、この九月に大江戸和子は開店より
六年目を迎えることが出来ました。
これまでご贔屓にしてくださった多くのお客様方、
ご調法を頂いてる各種のスタイリスト、美容関係者
舞台・映画・TV番組制作者の方々…
本当に沢山のお方のご支援をいただけましたことに
心から感謝を申し上げます。

『大江戸和子』の店名の中にある「和」の文字。
‘和服’や‘和風’を連想する意味もありますが、
憧れの振袖を探す女の子から、インテリア用として
丸帯をお求めになる外国人ご夫妻、浴衣から発展して
着物デビューをしたいという男性や普段着にチョット
洒落た紬が欲しいのよ‥というお着物を着慣れた年代
のご婦人等々・・・
大勢の人々が集まって「和気あいあい」と過ごせる場所
そのような意味を込めてこれからもお店作りが出来たら嬉しく思います。
販売に立って笑顔でお客様をお迎えするスタッフ
少しでも良いものをと仕入れに奔走する担当
当店だけのオリジナル小物を製作して下さる作家さん方
様々な人々が力を合わせて「和・わ」になることによって
大江戸和子も成長し続けていくことが出来ると思っております。
今後とも皆様に愛されるお店を目指して努力して参りますので、
どうぞよろしくお願い申しあげます。
二〇〇九年 九月 吉日
大江戸和子店長 結城 かづ子
第四十候 綿の花がはじける
『夏ごろも夜の綺羅こそ男なれ』乙州(おとくに)
―この句から、藍染めの浴衣が爽やかに似合う大和男子〈やまとおのこ〉が思い浮かぶという内容の文章を、直木賞作家の皆川博子さんがコラムに寄せていました。

着物研究家、山下悦子先生の著書の中には白絣の似合う男性を題材にされたものがありましたが、白絣の男性で私がすぐさまイメージするのは明治生まれの白州次郎氏です。
明治時代の人、とは言っても昭和六十年に享年八十三歳で亡くなられたので、私達からもそんなに遠い時代の人物ではありません。
大和魂と英国紳士道の両方を兼ね備えた、当時としてはごく稀な存在の男性であったことが書物等でも紹介されています。
〈大和魂〉〈大和男子〉‥私達の世代ではあまり聞き慣れないコトバとなっているようです。
最近の造語に「オトメン」というのがありましたが、両極にあるような感じを受けました。
そして、大和男子は大和撫子と同じくらい絶滅に瀕している種だと、皆川女史のコラムには書き足されていました。
中国の首都・北京。中国の人口は約13億1448万人で、世界の人口が60億人強なので、単純に計算すると5人に1人が中国人ということになるそうです。国内総生産の伸び率はもうじき日本を抜く勢いだといいます。

広大なスケールの皇宮紫禁城、『故宮博物院』の参観を浴衣で敢行しました。都市の中心にあたる北京では、数々の歴史的な建築物と共に高層ビルが立ち並び様々な人種が行き交います。気温37℃を示す大通りを、見慣れない服装で歩く日本人に投げる視線もとても熱いものでした。

国の内外からの観光者が度々近寄り、一緒に写真に収まったり、すれ違いさまに「チョンマゲ!」と声をかけられるなどと、とてもカルチャーショックな経験をしました。
初めて日本の着物(今回は浴衣でしたが‥)を見て、奇異な印象を受けた方々もいらっしゃったようでしたが、私は今まで以上に日本の着物を誇らしく思いながら帰国の途につきました。
またこれを機に、どのような状況下で着物を纏っても、誰の目から見てもワンダフルに映るのも、ソレを着こなす人物のひととなりが大切なのだ、と以前より気付いていたことではありましたが、益々の精進を自身に課すこととなりました。
‥絶滅品種の〈大和撫子〉になるべく…精進を。
2009' 8.23. 結城 かづ子